高校時代の寮生活を振り返る記事のアイキャッチ

夜中に喉が渇いて、冷蔵庫の麦茶を飲みました。

ただそれだけなのに、高校時代の寮の廊下が急に戻ってきました。あの夜、友人とこっそり飲んだ麦茶は、今までで一番うまかった気がします。たぶん成分は普通です。状況が、普通ではなかった。

高校生が夕方の古い寮へ到着する場面のイラスト
高校1年のとき、クラスで一週間ほど寮生活をする行事がありました。

山奥の寮で過ごした一週間

高校1年のとき、クラス単位で山奥の寮へ泊まる行事がありました。昼は学校で授業を受け、夕方に寮へ戻って自習。夜は決められた時間に消灯します。

寮は古い木造で、歩けば廊下がきしみます。障子窓は虫の侵入を止める気があまりなく、洗面所には割れた鏡。先輩から最初に教わったのは「着いたら、まず虫対策」でした。男子高校生は煙が出るだけで妙に盛り上がるので、行事のつかみとしては完璧です。

昼間は普通の学校生活なのに、夜になると同じクラスの友人と布団を並べる。慣れた顔ばかりなのに、場所が変わるだけで全部が少し特別に見えました。

「なあ、喉乾かん?」

ある夜、消灯後の部屋で、隣の布団にいたA君が小声で話しかけてきました。

「なあ、喉乾かん?」
「乾く」
「麦茶、飲みたくない?」
「飲みたい」

相談は数秒で終わりました。消灯後に部屋を出てよいのはトイレだけ。それでも、そのときのぼくらには、夜の喉の渇きが校則より大きな問題でした。

二人の高校生が消灯後の寮の廊下を静かに歩くイラスト
音を立てないように歩く。それだけで、廊下が冒険の道になりました。

廊下のきしみが大きすぎる

布団を抜け出し、靴下のまま廊下へ出ます。夏の夜なのに床はひんやりしていて、足裏だけ妙に落ち着いていました。

問題は古い床です。こちらが静かに歩くほど、「ギシッ」と存在を主張する。普段は気にならない音が、消灯後だと警報機に聞こえます。A君と顔を見合わせ、なぜか笑いそうになる。まだ麦茶へ着いてもいないのに、すでに楽しい。

階段を下り、食堂の冷蔵庫を開けると、ジャグに入った麦茶が一つだけありました。宝箱を開けた気分でしたが、中身は麦茶です。

紙コップ一杯が、冒険になった

紙コップへ注ぎ、一気に飲む。ごくごく、ぷはー。

すると、どちらからともなく笑いがこみ上げてきました。声を出せば見つかりそうで、口を手で押さえ、肩だけ震わせます。麦茶を飲んでいるだけなのに、なぜこんなに面白いのか。高校生の夜は、笑いの基準がだいぶ低い。

二人の高校生が紙コップの麦茶を持って声を抑えて笑うイラスト
特別だったのは味ではなく、夜の静けさと二人だけの秘密でした。

無事に部屋へ戻ると、A君は「また明日も行こうぜ」と言いました。ところが翌日、先生から消灯後の外出禁止をあらためて告げられます。完全に気配を読まれていたらしい。先生はやはりベテランでした。

今の麦茶と、あの夜の麦茶

今は夜中に起きても、忍び足で冒険することはありません。子どもの夜泣きで目を覚まし、水やおむつを手に家の中を歩くくらいです。

それでも麦茶を飲むと、湿った廊下の匂いと、A君と顔を見合わせたときのくだらない達成感が戻ってきます。写真映えもしないし、武勇伝にもなりません。でも記憶は、立派な出来事だけを残すわけではないようです。

何でもない夜ほど、あとから特別になる

あの麦茶が特別だったのは、味ではなく、時間と空気と、共犯者がいたからだと思います。同じ商品を買っても、同じ味はもう作れません。

でも、作れないからこそ、あの夜の麦茶はいまも記憶の中で一番うまいままです。何でもない一杯が、小さな冒険になる年齢がありました。